2012年04月22日

本川達雄「生物学的文明論」

私は、本川達雄を2009年11月NHK「爆笑問題のニッポンの教養」で知った。ナマコの話だったが、自作の曲を歌う面白い先生との印象が残っている。なつかしいなと思い「生物学的文明論」を手に取った。内容は真面目で、生態系を守ることの大切さや生物の基本は円筒形である事の意味、生物のサイズとエネルギーや時間との相関関係など、なかなか興味深いことが書いてある。
私は、サンゴ礁は南の豊かな海の象徴で、岩礁の形成や二酸化炭素の吸収、魚の隠れ家の役割を果たしていると思っていた。そしてサンゴ礁がある南国の海は温かく太陽が照りつけるので栄養豊かな海だろうと想像していた。ところが本川達雄は沖縄の美しい透明な海は「貧栄誉」だからだと言う。まずサンゴ礁に関する内容を抜粋する。
サンゴ礁にたくさんの動物がいるということは、サンゴ礁には、光合成する植物がたくさんいるだろうと想像できます。海の中で光合成するものは藻類です。北の海だったらコンブやホンダワラなどの、藻類の立派な林があります。ところがサンゴ礁では、いくら探しても藻類の林など、見あたりません。
水が透明ということは、水中に食用となる有機物の粒子もあまり含まれていないということでもあります。サンゴ礁や、それをとりまいている外洋の海水中には、栄養となるものが乏しいのです。
この謎を解いたのが日本の生物学者の川口四郎、一九四四年のことです。川ロ先生は、サンゴの体の中に小さな褐色の球がたくさん含まれていることに気づきました。この藻類は褐色をしており、褐虫藻と呼ばれています。褐虫藻はサンゴの細胞の内部に棲んでいます。
サンゴは動物です。褐虫藻は藻類、広い意味での植物です。二つは全く違った生物です。違った生物が緊密な結びつきをもって一緒に生活しています。こういう現象を共生と呼びます。
褐虫藻は栄養面でもサンゴから恩恵を受けています。燐や窒素という、熱帯の海で不足しがちな栄養分をサンゴからもらえるのです。
肥料の三大要素が、窒素・リン・カリウムです。ただし海水中にカリウムはたくさん含まれていますから、褐虫藻にとっては、窒素とリンの二つが問題。窒素はタンパク質をつくるのに必要ですし、リンは、遺伝子であるDNAをつくるのに必須です。
サンゴは動物プランクトンをつかまえて食べ、リンや窒素を手に入れます。食べたら排泄しますが、排泄物にはリンや窒素が含まれてきます。その排泄物を褐虫藻はサンゴの体の中で直接貰い受けます。直接ですから無駄が出ません。栄養素の効率のよいリサイクルが成り立っているのです。
サンゴの体から剥がれ落ちた粘液は、海水中を漂い、その半分以上はすぐに海水に溶けます。粘液が溶けた海水は栄養がありますから、その中で、バクテリアがさかんに増殖します。それが動物プランクトンのよい餌になって動物プランクトンが増える。するとそれを食べて、より大きな動物が増え、それをもっと大きな動物が食べて、というふうに食物連鎖が進んでいきます。
サンゴ礁にはじつにさまざまな生きものが棲んでいます。ところが、サンゴ礁をとりまいている外洋には、あまり生物がいません。外洋の水は貧栄養だからです。サンゴ礁は海のオアシスと呼ばれています。生きものに乏しい砂漠の真ん中に、そこだけいっぱい生きものがいるオアシス。それにたとえられるのがサンゴ礁です。
サンゴ礁のさまざまな生きものたちを養っている食べものは、元をたどれば、褐虫藻が作り出したものです。サンゴと褐虫藻のたぐいまれな共生と無駄のないリサイクルが、生物多様性にあふれたサンゴ礁生態系を作り出しているのです。

サンゴ礁にはさまざまな生物が棲んでいます。生物多様性が非常に高い場所です。面積では世界の海の○・一パーセントしか占めていませんが、海水魚の三分の一はサンゴ礁の種です。漁業でも、世界の漁獲高の一〇パーセントをサンゴ礁が占めています。
それだけ生物多様性が高いサンゴ礁なのですが、今や、危機に瀕しており、世界のサンゴ礁で健全なものはたった四分の一だけ、のこり四分の三は危機的状態という、すさまじい惨状です。
人間の活動が原因です。
新たに農地を拓き、住宅や工場のために土地を造成すると、雨が降ると土が流れて海に入ります。生活排水にも、肥料を溶かし込んだ農地からの水にも、養分(リンや窒素)がかなり含まれています。サンゴ礁の海水には養分がほとんど含まれていないため藻類が育たなかったのですが、これで事態が一変します。大形の藻類が育ってサンゴを覆い隠し、光を奪ってしまいます。また、植物プランクトンも発生して、それにより海が濁り、やはりサンゴに光が届きにくくし、ついにはサンゴが藻類に負けてしまいます
海洋の酸性化とは、増えた大気中の二酸化炭素が海水に溶けこんで海水がより酸性になることです。酸性化するとサンゴが骨を作りにくくなり、サンゴの成長が抑えられてしまいます。
そして大問題は地球温暖化です。
夏に海水の温度が異常に高くなると、サンゴの体から、共生している褐虫藻が抜け出ます。褐虫藻は褐色をしていますから、それが抜け出ると、サンゴが白っぼく見えるようになり、それで白化と呼ばれます。褐虫藻がいなくなったら、二ヶ月も続けば、サンゴは弱って死んでしまいます。

私は北国生まれなので、海岸は波が荒々しく海藻が多いとのイメージが強い。沖縄の海が透明で青いのは波が穏やかで陽の光が強いせいだと思っていたが、プランクトンが少ないからだとは知らなかった。北の海では海藻林が海の生物たちを育てているが、南の海ではサンゴ礁がその役割を果たしていることになる。南の海の貝も藻類と共生し栄養を得ている話は聞いたことがあるが、サンゴ礁の規模と影響ははるかに大きい。
エルニーニョ現象などでちょっと海水温が上がっただけで白化が起こり、サンゴは死滅してしまう。海水魚の三分の一はサンゴ礁の種といわれるほどなので、サンゴが死ねば生物多様性が失われ、海の生態系に大きな影響を与えることになる。
北の海では多少温暖化が進んでも、魚種が変るだけで漁獲量はさほど変わらないのだが、南の海ではサンゴ礁が消えれば、魚が住めなくなる。もともと南の海は「貧栄誉」なのでサンゴ礁はオアシスの役割を果たしている。だからサンゴ礁が消えれば、海の砂漠となり、死の海になりかねない。地球温暖化の影響は、陸もそうだが海も南国の方が厳しいと思う。
本川達雄は生物多様性について次のように書いている。
生物の多様性として、三つのレベルが区別できます。種の多様性、遺伝子の多様性、生態系の多様性です。種が多様だったら、よく探せば、役立つ生物が見つかる可能性が高くなるでしょう。たとえば、現在使われている医薬品のうち四割が生物由来であり、新しい薬はまだまだ多様な生物の中に隠れているに違いありません。生物多様性は将来の医薬品の宝庫なのです。

生態系はきわめて大切なサービスをしてくれます。その一つが基盤サービスです。植物は光合成をして、動物たちのエネルギー供給源となっています。さらに光合成によって二酸化炭素を取り入れ、酸素を排出する。だから大気のガス組成が今のように保たれているのです。
エネルギーの供給、水の循環、大気のガス組成の維持、土壌の形成とその保持、炭素や窒素などの栄養素の循環、など、すべての生物が存在するための基盤となる環境を、今あるような形に保ってくれているのが生態系の基盤サービスです。
もう一つの基礎的なサービスに、人間社会に対する自然や人間からの影響を、生態系が緩和してくれる調整サービスがあります。
病気や害虫が発生したり、外来生物が侵入したり、気象の大きな変化や山火事などの異変が生じても、これに抵抗できる生物が、生物多様性が高い場合には存在している可能性が高いわけで、そういうものたちの活躍で、生態系の安定が図られるでしょう。だから結局、生物多様性が高いと、生態系が安定するのです。

本川達雄が言うとおり、環境問題が重要で、生物の多様性を保つことが地球全体の生態系を維持する上で大切なことだろう。
先進国では物的に豊かになり、物へのあこがれは量から質に変わっている。工業の人気が薄れているのは、すでに物質的には満たされているからだろう。そして自然の生態系を破壊してまで得られる物や利便性はたいしたものではないと感じ始めている。日本でも物を増やすことに意味を感じないから経済成長は頭を打ったと考えるべきだろう。今後はインフレ率を設定するなど景気刺激策をとっても経済成長は限られると思う。

私の専門は電気工学で、物作りの仕事をしてきたが、最近、新技術にはあまり関心がわかなくなってきた。昔は物理現象など様々な問題を数式で表して解くことが好きだったが、それらは結局「要素還元主義」であることに気付いてきた。要素還元主義とは、たとえば5-1=4で表せるような、わかりやすい論理の世界である。ところが海の生物を5、サンゴ礁を1とすると、サンゴ礁が消えると5-1=0になったり、増えると5+1=100になったりするのが生態系の世界である。世界は5-1=4が当てはまるほど単純ではないことの方が多い。
生態系に限らず複雑であいまいで数値化しにくいが、大切なことはたくさんある。都市生活の利便性も数値化され、人間に都合のよい論理で作られているが、私には作為的で魅力が薄いと感じてしまう。大切なことは要素還元主義に収まらない複雑な自然の方にある。
ここで要素還元主義とは、生物で言えばDNAだけで生物が設計されると考えたり、宇宙は物理的法則だけで説明できると考えるなど、世界を簡略化した単純な考え方のことを言う。

このほか、この本では動物の基礎代謝率と体重の関係が面白い。「基礎代謝率は体重の四分の三乗に比例する」という法則である。要するに、体重の大きい動物のエネルギー消費量は少ないという意味で、そのため大型動物は動きが鈍くなる。この法則は人間集団である企業や国にも当てはまるだろう。またイワシが群れをつくって泳いだり、渡り鳥が集団で飛行するのもエネルギー消費量を少なくする効果があるためではなかろうか。内容を紹介する。
四分の三乗とは、体重が一〇倍になると、基礎代謝率が五・六倍になる。さらに体重が一〇倍になると、基礎代謝率もまた五・六倍になるという関係です。
このように動物のスケーリングにおいては、体重のべき乗の関係になることが多いんですね。この体重のべき乗の式をアロメトリー式と呼びます。
四分の三乗とは、システムのサイズが大きくなると、そのシステムを構成している一匹一匹のエネルギー消費量が減るということです。一匹あたりのエネルギー消費量は、群体の体重の四分の一乗に反比例して減っていきます。エネルギー消費量が減るとは、あまり働かなくなること、つまり大きい組織の中の構成員はサボっているんですね。
この群体を分割すると、一匹の使うエネルギー量が上がります。つまり今まで働かなかった者も、システムを分割すると働き始めるのです。
身につまされる話でしょう?会社の規模と社員の働き具合にそっくりですね。企業を活性化するために分社化する、なんて話はよく聞きます。

「生物学的文明論」をamazonでチェック!

お知らせ:古本買取は秒速オンライン査定のうみねこ堂をご利用ください。
banner1.gif
posted by nobuoji at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/55441328

この記事へのトラックバック